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ゆるまち編集部

2018.05.11

ゆるまち編集部

【教恩寺住職への道~やなせななさんに聞く】

3月末高取町で上映された短編映画『祭りのあと』。
その脚本・音楽を手がけられたシンガーソングライターのやなせななさんは高取町兵庫にある教恩寺のご住職をされています。

その教恩寺へさっそく取材に伺いました。

映画のシーンにも出てくるカフェ、ハルガーデンさんから教恩寺までの細い畦道は、まるで映画『祭りのあと』のワンシーンのよう。

教恩寺さんは、ななさんの御曾祖父様がご住職を務められた後、ななさんが跡を継ぐまでの38年間住職不在のお寺だったそうです。取材しているうちにお寺についてその日知ったことが多くありました。

①僧侶になった上で住職の資格を取る

②住職は所定の試験に合格して単位を取得した者が任命される

③仏教系の大学など本山指定の学校に行くと、必要な単位を揃えることができる

※一般的にわかりやすく記載

※浄土真宗(本願寺派)では上記の通り

 

京都の本山では、講習会を受けた上で試験に合格して単位を揃えないといけないそうですが、大学や宗門校で講義と単位を振り替えられるとのことでした(浄土真宗本願寺派の場合)。

ななさんの場合、お父様は僧侶の資格をお持ちだったものの兼業でご多忙でいらしたため住職の免許を取得される時間もなく、上のご兄姉は違う道に進まれ、幼少より何かとおばあさまの近くでお寺のことを見てきたななさんは自然と自分がこのお寺の住職になるのだろうと思われたのだそうです。

とは言え、約50年前まで住職をされていた御曾祖父様から、10年前にななさんがその跡を継がれるまでの住職がいない空白の38年間。その間代務住職をお願いし、僧侶であるおばあさまがお寺を守り、ななさんたちのお世話もされてきました。

御所市の一般家庭からお嫁にいらして、50歳で僧侶の資格を取られたおばあさま。おばあさまは、門徒様方にも顔を知られて可愛がられ、末っ子でいつも自分のそばにいてお手伝いをしてくれるななさんがかわいくて仕方なかったのでしょう。

ご住職ではなかったものの、実に38年間お寺を守り、女の人のお寺、というイメージを定着させ、ななさんにしっかりとバトンを渡しました。そのお蔭でななさんもその後を引き継ぎやすかったのだとななさんは振り返ります。

※代務住職…住職がいない、または住職の免許がないお寺のために他の同じ宗派のお寺からお葬式の時などに住職さんをお願いできる所謂派遣制度のようなもの。

 

こうしてななさんは龍谷大学の真宗学科をご卒業され、教恩寺第6代目ご住職となられたのです。

親の仕事を継がなければならないからと自分の夢ややりたいことが他にあっても断念する場合もありますが、このように自然の流れでこの道を選びたいとお孫さんであるななさんに思わせる場を創られたおばあさま、そして自然にこの道を選ばれたななさんも素敵です。

ただご両親にはお坊さんになっても生計は立てられないと言われたそうです。実は専業でお寺を維持するためには150軒くらいの檀家さんが必要だそうで、現実的にそれだけの数のお檀家さんがいなければお布施によって寺を維持できませんし、そこで暮らす住職一家の生活を賄いきれないのです。

お寺の数が多い奈良県では、一つのお寺の檀家さんが少ない場合がほとんどです。教恩寺の檀家さんは30軒ほどとのことですから維持は難しく、ななさんも大学卒業後は何か仕事をするよう言われていたそうです。

そんなななさんがその後進まれた道とは。次回に続きます。

 

ななさんのコンサート後に衝動買いしたCDを聴きながら今日もゆるりと時間が過ぎてゆきます。

 

■教恩寺 浄土真宗本願寺派■

住所:奈良県高市郡高取町兵庫943

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