会う

ゆるまち編集部

2018.05.18

ゆるまち編集部

【シンガーソングライターへの道~やなせななさんに聞く】

前回、高取町兵庫の教恩寺にてご住職をされているやなせななさんにお寺についてのお話を伺いました。

 

ご両親には、「お坊さんになっても生計は立てられないから大学卒業後は何か仕事をしなさい」と言われていたななさんですが、何かやりたいこと、と言われた時に、歌以外になかったそうです。就職氷河期でちょうど就職するには、辛い時代でしたが、歌以外に他に何もしたいことがなかったというななさん。

学生時代から京都で歌の活動をしている頃に、いわゆる歌手というわけではなく、町の歌屋さんのような人たちに出会われました。

昼間はボイストレーナーのレッスンをし、夜は祇園のクラブで歌う。月に何度か自分のリサイタルをし、心のどこかでメジャーデビューを夢見ているような先輩も多かったそう。身近な人たちがそうして暮らしているのを見て、音楽で食べていけるんや、プロってこうやってなれるんか、と思われたそうです。

こうして先輩たちのように浪人しながらメジャーデビューを目指したのが、ななさんの歌への道のスタートでした。

大学を卒業し、アルバイトをされながらメジャーデビューを目指す音楽浪人生活。4年半の間に何と100社以上受けられたそうですが、全て落ちて、もうダメかなとあきらめかけた時…ようやく1社に合格。2004年のことでした。

 

シングル2枚、翌年アルバム1枚を出しましたが、その頃は地元高取町も含め、誰からも相手にされなかったそうです。CDは全く売れず、お坊さんということもその当時は隠していたそう。ようやくデビューできたのに、デビューして痛い目にしか遭わない、自分の良さを誰もわかってくれない…そんな辛い日々が続きました。

このままでいいのだろうか…そう思い悩まれていた時に、ななさんは子宮体癌を患われてしまったのです。2006年30歳手前のことでした。

自宅療養をしていたななさんですが、手術をされました。その手術前には所属事務所が倒産し、ななさんは途方に暮れ絶望の淵に追いこまれました。子宮も卵巣もないことから、重度の更年期障害や鬱のような症状に悩まされ、何もできない、眠れない日々が続きました。

ななさんはご家族以外にご病気のことを話していらっしゃらなかったとのこと。そんなある日、当時一緒に活動していたピアニストであるご友人に、事務所が倒産し音楽活動もしない、田舎に引きこもっていることを指摘され、ようやく癌であったことを告白。しかしそのご友人から『癌は大変かもしれないけれど、音楽活動をしない理由にはならない』と言われたそうです。

癌というのは大変な病気だし、その苦労というのはなってみないとわからない。しかしそのことが、つまり癌だから音楽をやめる、ということには繋がっていない、ということをその人は伝えたかったのでしょう。音楽というものはやりたければやるものだし、やりたくなければやめるものだから…癌を理由にするのは理解できない、と。

その一見粗い言葉が嬉しかった、というななさん。

そして病気療養後、様々なことからドロップアウトしてしまった自分には、やはり歌しかないのだと必死になって自力でCDを出しました。しかしそれが売れることはなく、自分には何もないと再び落ちこむことになったのです。

そんな時、町役場の地域振興課の方のご好意でななさんは地元高取町のリベルテホールの舞台に立つことができたのです。あの『祭りのあと』を上映した高取町リベルテホールの舞台に。2008年のことでした。

ななさんが市町村と関わった最初のお仕事でした。

ななさんの透き通る声が聴こえてくるような日本三大山城、高取城址。飛鳥の地を見下ろす山城に今日もゆるりと時がすぎてゆきます。

やなせななさんが音楽を担当された【フゥの見た空】

只今、cafe&bar木星劇場(東京都豊島区西池袋5-1-5第二春谷ビルB1にて
上映中。

◆17日19:00~
◆18日19:00~
◆19日13:00~/19:00~
◆20日13:00~
(一般)3,500円(学生)2,500円 ※全席自由、1ドリンク込
作・演出:渡辺和徳、音楽:やなせなな、出演:高野愛、高松優

◆チケット
9PROJECTホームページこちら
・カンフェティ0120-240-540(平日10~18時)
企画・製作・お問い合わせは
9PROJECT(ナインプロジェクト) ℡:050-5889-5877

関連記事

【短編映画『祭りのあと』やなせななさんと故郷高取町】

【教恩寺住職への道~やなせななさんに聞く】